ゲンロンカフェの下記のイベントに登壇します。会場はすでに埋まりつつありますが、まだ残席はありますので、みなさん是非お越しください。
本当の批評の話をしよう──ゲンロン創業15年、『現代日本の批評』から10年【ゲンロン15周年企画 #1】 大澤聡×森脇透青×東浩紀 司会=植田将暉

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ゲンロン15周年の企画に呼んでもらえて光栄です。15年続けるというのは本当に大変なことで、本当にめでたい節目だと思います。
当日はゲンロンの15年、批評の15年を振り返るということになると思うのですが、ここであらかじめ、ごく私的な範囲で僕とゲンロン/東浩紀さんとの関係を回顧しておきたいと思います。
僕は1995年生まれで、15年前(2010年)は15歳・中学三年生でした。
ライトノベルからの流れでファウスト系の作家(西尾維新や舞城王太郎や佐藤友哉ら)にハマっていた頃だったと思います。『化物語』がアニメ化していた時期です。その流れで、一方でファウスト系の作家とコラボレーションしている人として、他方で2011年の震災に関して様々に発言をしている知識人として、二つのルートからほぼ同時に東浩紀を認知したのが高校に入学した頃です。
その後ゲンロンカフェが高校二年生のころ(2013年2月)にオープンしました。純粋な少年であるところの僕は「早稲田大学に行って東浩紀の講義を受け、そしてゲンロンカフェでバイトするぞ」と意気込んで志望校を決めました。
ところが、その直後(2013年3月)に東さんは早稲田大をお辞めになりまして、なんで早稲田を第一志望にしたのかさえよくわからなくなりました。滑り止めの同志社大学(文学部哲学科)に公募推薦で早々に受かったりもした結果、受験勉強は本を読みあさる片手間のもの程度になっていき、ふつうに受験に失敗し、関西にとどまって今にいたります。
しかしいちおう受験はしておりまして、そのために東京に初めて一人で出てきて滞在していたのですが、そのタイミングでオープンからちょうど一年後くらいのゲンロンカフェに行っています。
そもそもトークイベントなんて行ったこともないような郊外の「おぼこい」高校生ですから、システムをよくわかっておらず、思いつきのまま昼か夕方くらいの時間帯に突撃し(行ったらあずまんに会えるやろ!みたいなノリで)、完全に閉まっているゲンロンカフェの前で立ち尽くしていたらスタッフの方が出てきて今日はイベントありませんと言われてしまいました。後から思い返すとそのスタッフの方というのは大脇幸志郎さんでした。
その後改めて予約をして後日ゲンロンカフェに伺ったのですが、東さんが出演するイベントではなかったので、そこではお見かけしておりません。
その後同志社に進学して、受験失敗したことなどまったく忘れて何となく楽しく過ごしておりました。2015年ごろ(僕は20歳、大学二回生です)、批評再生塾がはじまったり雑誌『ゲンロン』が創刊されたりして盛り上がっているのを、SNS上で眺めていたことを覚えています。
自分も再生塾に行ってみようかと悩んだのですが、なんとなく生身で東さんや佐々木敦さんに会うのは恥ずかしいな、みたいな感覚があったし、あとそのころには面倒臭い自我もようやく出てきて「批評は教えてもらうもんじゃないんだ、おれは一人で勉強して批評書くんだ」みたいな気持ちも持っていたので(あの純朴な高校生がなんて生意気になったんでしょうか)、テクストは読むけれど、東京に実際に向かうということにはなりませんでした。
まあしかし本当のところ批評再生塾に向かわなかったのは、その当時の東さんやゲンロン周りのコミュニティのことがよくわかっておらず、誰が誰なんだろうか……という情弱状態のありさまだったことにも起因していると思います。単純にものを知らなくて着いていけていなかったのだろうと思います。今では非常にお世話になっている大澤聡さんについても「誰なんだろうか……」と思っていたはずです(笑)。
その頃の僕はゲンロンのリアルタイムの活動よりもむしろ昭和期の批評を読んだり、専門である哲学を勉強したり(とくにやりたいこともないので東さんがやってたデリダを選んだ)と、割とオーソドックスで古典的なテキストに沈潜していたと思います。あと酒とか恋愛とかそういう大学生らしいことに忙しかった時期でもあります。
そういうわけで徐々にゲンロン本体から関心が離れていったのですが、他方で東さんのテキストや『ゲンロン』誌は追っていました。『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017年)の時期には僕も四回生になっており、卒論の概要を発表するゼミで『観光客の哲学』とか当時流行り出していた思弁的実在論の話を興奮気味でして指導教官を困らせていました(それらは卒論にまったくもって反映されていません)。なんというか、10年も経ってないのにもはや「ありし日」の感じですね。
その後京大文学研究科の院に入学するわけですが(2018年)、イベント用にいただいた年表を見ると、この年の年末に代表が東さんから上田洋子さんに代わっているのですね。おそらくぼんやりとは認識していたと思いますが、京大に入ってからの僕は絓秀実の批評に完全にはまりこんで左翼思想史の勉強とかしていたので(ちくま学芸文庫版『革命的な、あまりに革命的な』が2018年に出ています)、ノリとしては東さんやゲンロンの周りからますます遠く離れていて、あまり意識していない時期でした。
ただ、昔やっていた同人誌に関連して東論を書き反応をもらったりとか、もう少し後ですが、東さんが評者を担当していた群像新人評論賞にルソー論を送りつけたりとか(最終候補作止まりでした)、思い返せば文章でだけは遠隔からアプローチをしていたことになるのですね。生の東さんと初めてお会いしたのは、もっとずっと最近、専修大のシンポジウム「25年後の東浩紀」のときで、2023年です。
そういうわけで全然東さんともゲンロンの活動とも直接には重ならずに20代を過ごしてきた僕ですが(これらのすべては関西にいたことと関係しているでしょう)、専修大のシンポジウム後、2023年末に「学問のミライ」に呼んでもらって、初めてゲンロンカフェに登壇ということになりました。
2014年の年始に突撃してわけもわからず帰ったとき以来、初めてゲンロンカフェに来たわけで、二回目の来店は登壇側だったということになります。さすがにちょっと感傷的な気持ちになりました。閉まっているドアの前で立ち尽くしていた高校生が、10年後、登壇者席に座っているわけですからね。
その後、年始の三宅香帆さんとのあの記念碑的な大イベントに参加したりと、いろいろとお仕事させていただいているわけですが、今回またゲンロンカフェに呼んでもらうことになりました。僕が東さんと正式に同じ壇上で、しかもゲンロンカフェでトークするというのは初めてなので、その意味では緊張しています。この15年は東さんからみてどういう時代だったのかは僕自身も改めて気になることです。
僕はこの15年の間にすっかり30歳になってしまいましたが(いまだに博士号さえ取れていないありさまです)、こうして振り返ると、実際の関わりという部分では非常に薄かったにもかかわらず、なんだか僕の人生の節目とゲンロンの活動が同期していたのではないかみたいな、そういう変な霊感を持ってしまう部分がありますね。
この15年というのはちょうど僕の青春期で、本を読んで、自分がどういう人間であるのか(どういう人間になりたいのか)考えてきた、その時期だったと言うべきなのでしょう。……しかしそのような個人的・内省的な問題とは別で世界に目を遣ってみれば、この15年はいわゆる「批評」というものが、はたまた思想的な営為全体が著しく・急速に力を失っていった、その15年でもあったわけです。
感傷を壇上で振りまいても仕方がないので、個人史的なものは先にここに「チラ裏」的に(もはやチラシの表も裏もない時代ですから、死語でしょうか)書いておくことにしました。4/6のイベントでは、大澤さん、植田さんの力も存分にお借りしつつ、もう少し冷静な目線からこの15年の批評を振り返ってみたいと思います。会場に来られる方は、会場でお話もできればと思います。よろしくお願いします。
恐縮ですが、最後に少し宣伝です。
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