SSP Season2〈単独性=シンギュラリティをめぐって〉(2025/10-2026/1)

哲学のシークレット・サービス(SSP)は哲学研究者・批評家の森脇透青のオンラインセミナーです。

現在、Season2〈単独性=シンギュラリティをめぐって〉(2025年10月〜2026年1月)の参加者を募集しています。

前回ご受講いただいた方々からのご感想も末尾に付けています。ご参考にしていただければ幸いです。

※ Season1と内容の連関はありませんので、どなたでもご受講いただけます。

お申し込みはこちらのフォームから

  1. Season2〈単独性=シンギュラリティをめぐって〉
    1. はじめに
    2. こんな方に向いています
    3. 講義の進め方
  2. Season2 セミナー
    1. (A)ふたつのシンギュラリティ
    2. (B)『死を与える』を読む
  3. Season1 参加申込方法(9/24〆)
    1. 受講料
    2. 申込フォーム・受講までの流れ
  4. 前回ご受講いただいたみなさまのご感想

はじめに

シンギュラリティとはそのような、人類の次の段階への移行です。

カーツワイルの大げさな・スピリチュアルな・SF的な予言をまるごと信じる人がそれほど多いとは思えません。しかしそれでも、AIの導入とその発展が私たちの生活や社会制度を爆発的に変化させ、予測不可能な未来へ向かって加速させるという考えそのものは、エンジニアや投資家、一部の思想家たちによって広く信奉されています。

なお、今回に限りませんが、SSPでは「初心者も専門家も興味が持てる内容」を目指しています。ごく初歩的な解説を毎回行いますが、「ことがらとして難しいこと」はその難しさを伝えるよう努力しています。哲学的な事柄はあまりに身近に噛み砕きすぎてしまうと力を失ってしまうからです。SSPの1期でも、哲学に入門したい人、アートやクリエイティブに興味がある人、院試に向けて勉強したい人など多種多様な属性・職業・年齢層の方々が参加していました。

「わかりやすく難しい」、そんな思考のエンターテイメントを求めるすべての人にSSPは開かれています。

以下ではふたつのセミナーの概要を記しています。ゲストの方にもお越しいただくので是非ご覧ください。

こんな方に向いています

哲学を基礎から学びたい、哲学的なテーマに関心がある

哲学的な文章の読み方を体得したい

哲学史・思想史を学びたい

シンギュラリティ論に興味がある

他者論に興味がある

日本の批評・思想に関心がある

現代生じていることを新しい視野から理解したい

哲学を実践に活かしたい

講義の進め方

A, Bともに120分×4回(月一回)

Zoomで実施します。

リアルタイムで参加できない方にもアーカイブと資料を共有します(読書会用のDiscordにて)。

基本的には森脇の講義形式で進めますが、質問・議論等コミュニケーションの時間も設けます。発言はもちろん任意です。

時間は目安であり、大幅に伸びる場合があります。

(A)ふたつのシンギュラリティ

柄谷行人は単独性を、「この私」のなかに見出しました。

「この私」とは何か。それは、一般的な「私」の概念ではありません。柄谷によれば、そのような「私」はさまざまな属性やカテゴリーや制度のなかで規定されるものにすぎず、いまだ「一般性」の側にあるのです。

それに対し、一般性に回収されないものは、まさにいま・ここで交換不可能に「この私がいる」、という事実そのものです。そこから出発しなければ、ほんとうの意味で他者を考えることはできないと柄谷は考えました。

柄谷はこの「この私」の単独性から他者とのコミュニケーションを考え、それは後続する批評家・哲学者たちに受け継がれた。20世紀後半から現在まで日本の思想界を大きく方向づけているのは、この「単独性=シンギュラリティ」をめぐる思考なのです。まずこれがセミナー前半の出発点となるでしょう。

しかし、この単独性についての思考もまた、柄谷がゼロから考え出したものではありませんでした。柄谷は数多くの近現代の哲学者を参照しています(カント、ヘーゲル、キルケゴール、マルクス、フッサール、ハイデガー、ラッセル、ウィトゲンシュタイン、レヴィナス、ドゥルーズ、デリダ、クリプキ……)。このセミナーの中盤では、私の専門(デリダ)との関係から、とくに「ポスト構造主義」と呼ばれる思想のなかにはすでに潜在している、「一般性と単独性」の対立問題を取り扱いたいと思います。

レヴィナス(他者)、ドゥルーズ(個体化)、デリダ(差延)らの思考のなかには、「構造と実存」の関係を問い直し、一般性と単独性の関係を徹底的に考え直そうとする方向性があります。この点、哲学史を勉強してみたいという方にもこのセミナーは向いているでしょう。

なお、デリダについては彼自身が「単独性」の歴史について考えた著作があります。それは(B)のセミナーで講読します。

他方、現代的なシンギュラリティ論(カーツワイル)では、法則性に従わない「単独性」は「この私」ではなく「未来」へと投射されることになります。技術発展によってこれまでの歴史のスピードとは全く異なる予測を裏切る断絶、切断、大転換が起きる。歴史はそこで別の速度で加速する。技術的特異点はしたがって、正確には歴史的特異点と呼ばれるべきものです。

このような「歴史哲学」は、カーツワイルにはじまったものではありません。それはヘーゲルやマルクスの「目的論」的な歴史哲学のなかにも共通する部分を見出すことができ、さらに遡ればユダヤ・キリスト教的な「終末論」の考え方にも表れています。もともとスピリチュアルなSFから影響を受けたカーツワイルのなかには、その血が(無意識的に?)流れ込んでいるのです。

まず「目的論」や「終末論」がどのようなものか、後半ではそのことを考えてみたいと思います。とくに第三回では、ゲストで批評家の仲山ひふみさんにお越しいただきます。

仲山さんは日本での思弁的実在論の紹介に努めてこられた研究者・批評家です。今年の12月に河出書房新社より出版されるレイ・ブラシエの『解き放たれた無——啓蒙と絶滅』の翻訳にも参画されています。

「絶滅」をめぐる思考は、21世紀に入ってから生まれた新たな歴史に関する考えを示しています。そこで「単独性=シンギュラリティ」はどのように考え直されるのでしょうか。私自身、この回を楽しみにしています。

最後に。とても興味深いことに、21世紀に入ってからの柄谷行人は、むしろこの「歴史的特異点」の意味での「シンギュラリティ」の考え方に接近しています。『世界史の構造』(2010年)で示された一種のユートピア思想、つまり「交換様式D」という彼の考えは、歴史を切り裂いて「向こうからやってくる」ものであり、柄谷自身が「宗教」と呼んでいます。それは技術的特異点ではありませんが、間違いなく「歴史的特異性」を志向するものではあるでしょう。

他者とかかわる「この私」の「単独性」から、歴史の大いなる切断としての「シンギュラリティ」へ。他者論から終末論へ。コミュニケーションから「宗教」へ。それは20世紀から21世紀の現在地点までの大きな流れを掴むことにもなるでしょう。実存と構造、法則と法則外、交換と贈与、私と他者、確定記述と固有名……いまシンギュラリティの場所はどこにあるのでしょうか?

日程

10/3, 11/7, 12/12, 1/9(いずれも金曜日)

20:00-22:00

講義計画

第一回 導入/ふたつのシンギュラリティ

第二回 なぜ単独性が哲学的な問題になるのか

第三回 目的論、終末論、そして絶滅?(ゲスト:仲山ひふみ)

第四回 シンギュラリティのゆくえ


(B)『死を与える』を読む

SSPのセミナーは、一般的な概説を試みる(A)のコースと、テクストの購読を行う(B)のコースから構成されています。(B)では(A)のセミナーよりもゆっくりとした足取りで、哲学的な文章を読み、咀嚼していくことを目的にします。

今回の(B)コースでは、ジャック・デリダの1999年の著作で、私が後期デリダの「主著」とみなしているテキスト『死を与える』の解読を試みます。

晩年の著作である『死を与える』は、デリダによれば「「私」と語る主体の系譜学」を記述するための仕事でした。

「系譜学」とは、ある概念や語彙の来歴をたどり、その変動の歴史を見定めながら現在の自分たちの足場を確認するような作業のことをいいます。それは単なる歴史学ではなく、伝統を再解釈することで伝統の別の姿をあらわにするような、そうした試みです(ニーチェの「道徳の系譜学」が有名です)。

ここでデリダは、哲学、宗教、文学の歴史を縦横無尽にめぐり、主体、「私」、内面性、秘密の系譜を探り当てようとします。そのなかで重要視されるのは、『旧約聖書』の謎めいたエピソード「イサク奉献」であり、このテクストをめぐるレヴィナス、キルケゴールらの考察です。

デリダの思想には、難解、晦渋、私たちの生活とは無関係な高度な文脈操作のイメージがついてまわります。

そのようなイメージからすると意外に思われるかもしれませんが、晩年のデリダは「主体」の再解釈に取り組み、責任、決断、贈与といったある意味では「身近な」テーマを次々と論じていきました。『死を与える』は、こうした晩年のデリダの思考が凝縮された、一種の代表作と言っていいでしょう——そしてこの考察は、80年代後半に柄谷が「この私」の単独性について考察した仕事と深く交差しています。

ここからは、西洋の歴史がいかにして「単独性」の論理を生み出してきたのか、それを理解することができます。

(『死を与える』に収録された小論「秘密の文学」も読みます)

なお、前回のSSP-1〈デリダ入門〉の際に、初期のデリダの著作『声と現象』を読みました。デリダの著作は難解で知られるので、なかなか噛み砕きがたいのではないか……という懸念も実はあったのですが、意外なことに(?)この講読の人気が非常に高く、次もデリダをぜひ読んでほしいという受講者の方々からのお声をいただきました。というわけで、引き続き今回もデリダを読みたいと思います。

日程

10/17, 11/21, 12/19, 1/23(いずれも金曜日)

20:00-22:00

講義計画

第一回 単独性の系譜

第二回 秘密をもつこと

第三回 決断すること

第四回 秘密の文学

受講料

A,Bのどちらか単一受講:¥20,000

A+B同時受講:¥30,000(一万円お得です)

申込フォーム・受講までの流れ

1、まずはフォームに必要事項を記入してください。(9/24まで)

※ ssp.toseimoriwaki@gmail.comからのメールが届くようご設定ください。自働返信のメールが届かない場合は、メールアドレスが間違っているか、迷惑メールに振り分けられている可能性があります。

2、自動メールで口座をお知らせします。9/26までに受講料をお振込ください。

3、9/26以降、お振込の確認メールが届きます。そちらのメールで、セミナー用のディスコードにご招待します。しばらくお待ちください。

※読書会についてのお問い合わせは、専用のメールアドレス(ssp.toseimoriwaki@gmail.com)でお受けしています。

前回の〈デリダ入門〉をご受講いただいた方々からご感想をいただきました。一部を抜粋して掲載させていただきます(アンケートにお答えいただいた方々、ありがとうございます!)

  • 基本知識も教養もないど素人なので、一度聞いてもわからないことが多かったのですが、アーカイブがありましたので、もういちど聞き直すと、理解できることがあり、楽しかったです。

  • 気が付いたらデリダの内容より森脇さんの語りに魅了されていた。あっという間の数か月でした。いつか、森脇さんの語りで「絵葉書Ⅰ」と対決してみたい。

  • 初学者の私にとって、どちらのコースも前提となる基礎知識の説明からスタートしていて、そこにたくさんの時間を使って説明してもらったのが、その後の講義の理解に役立ちました。まだまだ理解不足ですが、間違いなく今後のデリダを学ぶための礎になりました。

  • 自分はサラリーマンなのですが、コロナ禍で時間ができたときから哲学の本を読み始めまして、わからないなりに色々楽しく読んでいるのですが、今回初めてプロの導きを頼ってみて正解だったと感じています。ありがとうございました!

  • 両方を受講しました。「脱構築とは何か」では考え方だけでなくデリダ以降の影響関係まで紹介がありとても参考になりました。「『声と現象』を読む」は1冊の哲学書を研究者の方の導きのもとで一緒に読んでいくことができてデリダの理解度が今までより確実に深まりました。 また、たんに知識を得るだけなら講義を受けなくても本を読めば済む話ですが、講義の中の脱線や雑談や質問応答によって、哲学的なものの考え方やデリダへのアプローチみたいなものが感じられてとても良かったです。 次回も参加したいと思います。今回はありがとうございました。

みなさまにお会いできることを楽しみにしております!