Season3〈擬似現在を乗り越える〉
哲学のシークレット・サービス(SSP)は哲学研究者・批評家の森脇透青のオンラインセミナーです。
現在、Season3〈擬似現在を乗り越える〉(2026年4月〜7月、全8回)の参加者を募集しています。
※ これまでのSSPと内容の連関はありませんので、どなたでもご受講いただけます。
※ 前回までは「講義」+「講読」の形式にしていましたが、今回からはひとつのトータルな内容に変え、テクスト読解を全体のテーマの中に埋め込むことにしました。また、学生の方向けの特別価格も設定することにしました。
※ 前回ご受講いただいた方々からのご感想も末尾に付しています。ご参考にしていただければ幸いです。
お申し込みはこちらのフォームから
概要:私たちはいつを生きているのか
GIFに登場する人物たちは、「煉獄的な条件」に閉じ込められている。その条件の一部は、彼らが自分たちがループに囚われていることを認識できない、という点にある。彼らは繰り返し続ける、自覚のないまま、永遠に。私たちは、〔略〕これを「擬似現在(pseudo-present)」と呼ぶことができるだろう。(Mark Fisher, “Touchscreen Capture”, 2016)
第3回のセミナーのテーマおよび出発点にしたいのは、「時間」です。
私たちの時間感覚はいまどうなっているのでしょうか?
まず身近な最近の問題として思い当たるのは、AIの登場でしょう。生成AIの登場以来、いつか「シンギュラリティ」(技術的特異点)が来て、AIが私たちの知性を超え、それによって社会は激変する……という希望がいたるところで唱えられるようになっています。
成田悠輔は、『22世紀の資本主義』で、こういう状況を「現在がデフレし、未来がインフレする」と書いています。成田によれば、SDGsだろうが電気自動車だろうが、現在の資本は、いずれも輝かしい未来の変動を価値として見せびらかし、それによって利潤を増加させているのです。
こうした志向を「未来志向イデオロギー」といったん呼んでおきましょう。私たちは「現在」を、「まだ来ていない激変の前の時代」として捉えているのでしょうか?
しかし他方で興味深いのは、私たちにとってもう一つ身近な現象、「ノスタルジー産業」の存在です。最近の私たちが普段消費するコンテンツは、1980-2000年代の「輝かしい過去」のリバイバル、リマスター、リブートだらけになっています。Spotifyの「スローバックTHURSDAY」プレイリスト、映像サブスクサービスの過去の名作の再配信…また最近も、ポケモンの過去作が再配信されました。「昭和レトロ」「平成レトロ」のブームも終わる兆しが見えません。
ノスタルジー産業のこの興隆において、私たちはもはや、輝かしい時代のあとの退屈をただ生きるしかないと言われているかのようです。私たちは「現在」を、「もう終わった栄光の後の時代」として捉えているのでしょうか?
未来志向イデオロギーとノスタルジー産業。すでにお分かりのように、現代の「時間」は、未来の激変を煽動する言説と、輝きはもはや過去にしかないのだと慰撫する言説のこの板挟みのなかにあるのです。
私たちは未来に生きているのでしょうか。それとも過去に生きているのでしょうか。いずれにせよ現在は「デフレ」しているように見えます。しかし、むしろ逆のことが言えるのかもしれません。過去(ノスタルジー)も未来(シンギュラリティ)も、もはやたんなる「表象」であって、すべてが「現在」のなかに閉じ込められているのだ、と。
私たちは、私たちとは異なる別の時間とアクセスする回路を奪われ、そこから脱出できなくなっている。すべての時間が「いまどうしてる?」のなかで書き割りとなって閉じ込められているのです。
しかし、こうした問題意識は哲学にとって、ある意味ではオーソドックスなものでもあります。とりわけハイデガー以来、「近代」への批判は大きな存在感を提示してきました。そこで批判されていたのも「時間」です。そこで、近代は時間の概念を著しく平板化させ、私たちの生を希薄化するものとされてきたのです。
私自身もまた、この問題設定のある種の延長にあるような仕事を行ってきました。研究者としては、私はハイデガーを継承するジャック・デリダの哲学を、私は研究してきました。さらに、最近書いた批評文「陰謀の手応え——擬人の時代について」(『ゲンロンy』創刊号)で私は「擬似現在」という概念を用いています。
この私自身の論考(セミナー内で詳細に紹介します)が、このセミナーの出発点となるでしょう——このセミナーは、この論考をさらに拡張し、次の問題に繋げていくものとも言えます。

現代——「擬似近代(スード・モダン)」と私は名づけます——は、私たちを「擬似現在」のなかに、つまり軽薄な未来幻想と過去への郷愁からなる「現在」のなかに閉じ込めます。
なお、この「擬似現在」は批評家のマーク・フィッシャーから引き継いだ語です。冒頭に掲げた文でフィッシャーが述べているように、擬似現在のなかにいる私たちは、GIF画像のなかに閉じ込められた登場人物のように、ぎくしゃくとした動きのループを再演しつづけています。
私の考えでは、この「擬似近代」の超克のために必要なのは「物」と関わるための新たな感性です。私はそれを今後、「クラフト craft, Kraft」(わざ、力)という新しい概念によって特徴づけてみたいと考えています。ただ、この内実については、セミナー内で紆余曲折を経て、みなさんに開陳することになるでしょう。
さて、以下ではセミナーのスケジュールを紹介しておきましょう。
セミナー序盤で私たちは、中国の哲学者ユク・ホイを参照したいと思います。ホイは、まさにハイデガー以来の近代批判を受け継ぎながら、中国哲学、日本哲学(京都学派)、フランスのポストモダン哲学(デリダ、リオタール、スティグレール…)を横断し、「時間と芸術」「時代と感性」について考えてきた哲学者です。
ホイはハイデガー以来の近代批判と、京都学派的な「近代の超克」を結びつけ、それらをさらに批判的に考察し直しています。彼の思考をひとつのバネとして、私たちは新しい時間の在り方、新しい物との交流を考えられるかもしれません。ここで、ゲストとして、ユク・ホイ『中国における宇宙技芸の問い』および『芸術と宇宙技芸』の翻訳者である伊勢康平さんにご登場いただきます。

またセミナー中盤〜後半では、「物」から始まる新たな公共性についても考えます。その際、公共性についての古典的な哲学者であるハンナ・アーレント『人間の条件』を批判的に参照します。アーレントは、実は『人間の条件』のなかで(おそらくハイデガーを参照しつつ)「物」について考えていたからです(とくに「仕事work」の概念において)。

アーレントの考える「複数性(プルラリティ)」の概念は、オードリー・タンをはじめとしたリベラルなテック思想家に受け継がれ、現代的な効力を持っています。この点で、スティグレールの専門家であり、現代的なプルラリティについても詳しい李舜志さんにゲストでご登場いただきます。(李さんは次の著作でアーレントについて取り組まれるようですので、その最新の知見についてお伺いすることにもなりそうです。)

こうした迂回を経て、セミナー後半ではアーティストの布施琳太郎さんにお越しいただき、より具体的な「クラフト」の像へ迫っていきます。布施さんもまた、最近「タイムマシン」をキーワードとした制作を行なっておられます。まさに、時間、芸術、モノについて考察していく上で、最重要の対話相手となるでしょう。
というわけで、ややてんこ盛りな内容ですが、ただ現代を考えるというマジメな内容である以上に、確実に「楽しい」体験になることをお約束いたします。
今回に限りませんが、SSPでは「初心者も専門家も興味が持てる内容」を目指しています。ごく初歩的な解説を毎回行いますが、「ことがらとして難しいこと」はその難しさを伝えるよう努力しています。哲学的な事柄はあまりに身近に噛み砕きすぎてしまうと力を失ってしまうからです。これまでのSSPでも、哲学に入門したい人、アートやクリエイティブに興味がある人、院試に向けて勉強したい人など多種多様な属性・職業・年齢層の方々が参加していました。
「わかりやすく難しい」、そんな思考のエンターテイメントを求めるすべての人にSSPは開かれています。
こんな方に向いています
哲学を基礎から学びたい、哲学的なテーマに関心がある
哲学的な文章の読み方を体得したい
哲学史・思想史を学びたい
現代のテック思想に興味がある
公共性論に興味がある
技術哲学に興味がある
日本の批評・思想に関心がある
現代生じていることを新しい視野から理解したい
哲学を実践に活かしたい
現代アートに興味がある
講義の進め方
120分×8回(隔週)
YouTube Live(限定リンク)で実施します。
リアルタイムで参加できない方にもアーカイブと資料を共有します(読書会用のDiscordにて)。
基本的には森脇の講義形式で進めますが、コメントには適宜反応します。また、まとまった質問についてもフォーム内から受け付けます。
スケジュール
4/18(土):「擬似現在を乗り越える」講義(1)
5/2(土):ユク・ホイ『中国における技術への問い』を読みつつ(1)
5/16(土):ユク・ホイ『中国における技術への問い』を読みつつ(2)ゲスト:伊勢康平
5/30(土):「擬似現在を乗り越える」講義(2)
6/13(土):アレント『人間の条件』を読みつつ(1)
6/27(土):アレント『人間の条件』を読みつつ(2)ゲスト:李舜志
7/11(土):「擬似現在を乗り越える」講義(3)ゲスト:布施琳太郎
7/25(土):「擬似現在を乗り越える」講義(4)
※ いずれも19時から2時間程度の予定。時間は伸びる場合があります
Season3 参加申込方法(4/4〆)
受講料
¥30,000
学生料金:¥20,000(自己申告)
申込フォーム・受講までの流れ
1、まずはフォームに必要事項を記入してください。(4/4まで)
※ ssp.toseimoriwaki@gmail.comからのメールが届くようご設定ください。自働返信のメールが届かない場合は、メールアドレスが間違っているか、迷惑メールに振り分けられている可能性があります。
2、自動メールで振込先の口座が通知されます。4/8までに受講料をお振込ください。
3、4/8以降、お振込の確認メールが届きます。そちらのメールで、セミナー用のディスコードにご招待しますので、しばらくお待ちください。
※読書会についてのお問い合わせは、専用のメールアドレス(ssp.toseimoriwaki@gmail.com)でお受けしています。
前回ご受講いただいたみなさまのご感想
前回の〈単独性=シンギュラリティをめぐって〉をご受講いただいた方々からご感想をいただきました。一部を抜粋して掲載させていただきます(アンケートにお答えいただいた方々、ありがとうございます!)
※ 前回までは講義編(A)と講読編(B)に分かれていましたので、みなさんそれぞれについて書いていただいています。今回からはこのふたつが合体した形になります。
- A講義では様々な哲学者が登場し初学者の私にとっては、ワクワクして講義を聞いていました。また熱量のある講義でわからないということすらも楽しめました。B講義では前回同様、一人では歯が立たない哲学書も読み解くカギをいただいたような気がします。いずれもまだ分からないことばかりですが、楽しく学ぶことが出来ました。
- A・Bともに受講しました。哲学を専攻する学生ではなく、素人の社会人ですが、とても勉強になりました。Aは複数の著者からの引用を読みながら考えてゆき、単独性というテーマで現在進行形の思考が作られていくような面白さがありました。Bは前回と同じく文献購読になりますが、やはり1つの本を読んでいくことは達成感がありました。また、デリダに限らず他の哲学・思想の文献を読んでいくときの、基礎的な知識や読み方のヒントを得ることになったと思います。ありがとうございます。
- 気が付いたらデリダの内容より森脇さんの語りに魅了されていた。あっという間の数か月でした。
- 自分はサラリーマンなのですが、コロナ禍で時間ができたときから哲学の本を読み始めまして、わからないなりに色々楽しく読んでいるのですが、今回初めてプロの導きを頼ってみて正解だったと感じています。ありがとうございました!
みなさまにお会いできることを楽しみにしております!